BARAKA歌詞の世界(7) Come Fly with Me

歌詞入りのBARAKAの楽曲を集めたTHE BEST OF BARAKA SONGSの収録曲の歌詞について書いてきておりますが、そのDisc1の7曲目がCome Fly with Meです。全部で19曲収録されていますから、まだまだありますねー(^_^;)。

この曲、3枚目に収録されているだけで、その後は取り上げられておらず、「久々に聴いた」「初めて聴いた」という方も多いかも知れませんね。ロケットの打ち上げ場面のような音から始まり、その後、淡々と同じビートのドラムとベース音が刻まれる中、宇宙空間を漂うかのようなギター音と静かな歌声が特徴的な曲です。
さて、歌詞です。歌詞を普通に読んだだけではなんだろう、という感じがするかもしれませんね。ただ、歌詞カードの最後には「鬼塚飛行士に捧ぐ」と書かれていて、それがこの曲を紐解くカギになっています。
鬼塚(Ellison Onizuka)飛行士、覚えている方もいるかもしれません。1986年1月28日、スペースシャトルチャレンジャー号の打ち上げ直後の爆発事故でお亡くなりになられた日系三世です。ハワイ島のコナ生まれで、お父様が福岡、お母様は広島にルーツを持たれていたそうです。
彼は日本にルーツがあることを誇りに思い、箸を使って食事をしたり、家には日の丸を掲げていたそうです。また、父方のルーツである福岡県浮羽町(現在のうきは市)を訪れたりもしています。
この曲のタイトルにあるCome Fly with Meは、チャレンジャー号に乗り込む前に母に送った手紙の最後に書かれていた文章です。ということで、歌詞にある「愛する人」は「母」ということになりますね。
彼の業績、そしてその人柄から、死後も多くの人に称えられ、その名前が残っています。例えば、ハワイ島にあるコナ国際空港は2017年1月に「エリソン・オニヅカ・コナ国際空港」に名称が変更されています。また、福岡県うきは市でも「エリソン・鬼塚氏とのつながりを後世に語り継ごう」ということで、2016年には没後30年記念イベントが開かれています。そして2017年にはなんと、彼がチャレンジャー号に持ち込んだサッカーボール(チャレンジャーの残骸から奇蹟的に回収されたもの)が31年という時を経て宇宙ステーションに届けられました。
ネット等で調べると様々な情報が得られますが、彼の人柄と故郷ハワイと日本への思いの強さは感動的なものがあります。きっと、そうした人柄に想いを馳せ、無念の事故を思い、作られたのがこの曲なんでしょうね。
そう思って聴くと、少し違って聞こえてくる気がしませんか。

Come Fly with Me

He had gone to the world
That nobody knows
He left these words
To his loved ones

“Come fly with me”
“Come fly with me”

The shuttle was launched into the universe
The nightmare was launched into the sky

“Come fly with me”
“Come fly with me”

The sky was broken into pieces
Time stood still for a while

“Come fly with me”
“Come fly with me”

The prayer missed their target
The prayer wasn’t heard

 

誰も知らない世界へと彼は旅立った
愛する人への言葉を残して

Come fly with me
Come fly with me

シャトルは宇宙へと 悪夢は空へと

Come fly with me
Come fly with me

空は粉々に砕け 白い時間だけが漂っていた

Come fly with me
Come fly with me

祈りは届かなかった
祈りは届かなかった